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禍転じて福となせるか?
Can we turn this disaster into an opportunity?
繊維学会会員の皆様、あけましておめでとうございます。新年を迎えるにあたり、会員の皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。新型コロナウイルスの脅威に翻弄されながら2020年が終わってしまった感もございますが、今年こそ事態が収束し、閉塞感から解放された行動自由度の高い社会の復活を祈るばかりです。
本学会では、会員の皆様はもとより、ご家族、同僚の皆様の健康と感染拡大抑制を第一に考え、昨年はイベントのオンライン化を基本に運営して参りました。感染者が都市部に集中する様を目の当たりにすれば、 “近づかない、向き合わない、話さない”ことが是とされるのもやむを得ないことと考えられます。
学会のイベント(大学の授業も同じですが)のリモート化に代表される方法論は、対面でできないので仕方なく、というどちらかといえば「守りの姿勢」に捉える向きもありますが、リモートコミュニケーションならではのメリットを、多くの皆様が感じていることでしょう。移動時間が限りなくゼロになるのはもちろんのこと、よく実感するのは、そのミーティングがフラットな雰囲気になりやすく、従来の会議と比べて発言しやすいと感じられることです。その結果、物事の決定プロセスが正常化し、研究発表会等での議論がますます実りあるものになると期待されます。デメリットも当然多くありますが、今の閉塞感に満ちた状況を前向きに捉えるマインド「攻めの姿勢」を持つことが肝要で、繊維学会においても中長期的な戦略、将来構想を描くチャンスが、今まさに、到来していると考えたいと思います。社会のどの部門もそうかもしれませんが、学会のようなコミュニティにおいても、環境の激変にいち早く順応し、前向きな姿勢で新しいシステムを作り上げることのできる組織が、発展的な方向に進んでいけるのは明らかです。
次に科学技術はどうでしょうか。近代戦争を経て、平和利用可能なテクノロジーが大きく発展してきたことは否定できません。戦争ばかりでなく、危機や困難に出会ったとき、人類は多くの犠牲を払いながら、新しい科学や技術を産み出してきたと、歴史は教えてくれます。フランスの化学者シャルドンネ(Count Hilaire de Chardonnet, 1839-1924年)が1885年、「硝酸セルロースのエーテル/アルコール混合液を水で凝固し、延伸して人造繊維を作る」という方法でフランス特許を取得した背景には、蚕の微粒子病のヨーロッパにおける蔓延があります(1840年頃からフランスで微粒子病が発生するようになり、1850 年代から 60 年代にかけて欧州各国で大流行しました)。この病気は、当時の欧州の蚕糸業に大きな損害をもたらしました。シャルドンネは、エコール・ポリテクニークで、細菌学者のパスツールの指導の下、蚕の微粒子病についての研究に従事し、そのときの蚕の生態の理解が、人造繊維の紡糸方法開発につながったと言われています。4年後の1889年に開催されたパリ万博に、「シャルドンネ人絹」を出品し、人造繊維開発のパイオニアとなりました。新しいテクノロジーの出現をヨーロッパの人々が大いに称賛したことは言うまでもなく、危機的な状況の中で、人々は科学技術の発展に光明を見出し、厳しい状況の中でも前を向くことができたのです。
科学的根拠に裏打ちされた正確な情報、危機を乗り越えるための技術の結集、それらを得て人々は真の意味で安心し、元気になります。マインドの高揚によりさらに新しい叡智が生まれるという、好循環も生じることでしょう。本学会のような生活に密着したサイエンスコミュニティーの果たす役割と責任は、危機・困難のときこそ、より大きくなると考えます。
江戸時代の享保17年(1732年)の大飢餓で多くの餓死者が出て、追い打ちをかけるように疫病が流行した際、幕府(8代将軍吉宗)は、翌18年旧暦5月28日に慰霊と悪病退散を祈り、隅田川で水神祭を行いました。このときに、両国橋周辺の料理屋が花火を上げたことが「両国の川開き」すなわち隅田川花火大会の由来とされています。料理屋に許可を与えた将軍吉宗も、民衆の気持ちを前向きにすることが、危機を乗り越えるために必要と判断したのでしょう。厳しい状況を克服するには、前向きなマインド、攻めの姿勢を持ってこそ、困難を打開し、さらなる発展へとつなげることができると考えられます。
社会の大きな転機に直面し、学会の基盤を固めつつ、同時に将来に向けて青写真を描く時期であり、会員の皆様、理事会、事務局が一丸となって繊維学会の将来のあるべき姿について建設的な議論ができるよう、皆様の格別のご支援をお願い申し上げる次第です。議論の場の提供と方法に関しては、さまざまな制約に縛られた現状では難しいことではございますが、それを可能にする仕組みを早急に構築しなければと思案しております。
末筆になりますが、今年1年が会員の皆様にとっても、繊維学会にとっても記憶に残るような実りある輝かしい1年となりますことを願ってやみません。
荻野 賢司(東京農工大学 教授)
*繊維学会誌2021年1月号、時評より
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