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海プラ問題と繊維
Sea Plastic Problems and Fibers
この100年間で人口と人間活動が爆発的に増大したことに伴い増加したものとして、人間が使用する土地、エネルギー消費量、水の使用量、ごみの量などが挙げられます。ごみの中でもここ数年特に注目を浴びているのがプラスチックごみです。プラスチックは使用後に可能な限り回収してリサイクルすることが望ましいのですが、全てのプラスチックごみを完全に回収することは難しく、大量のプラスチックがごみとして環境中に流出していることも事実です。プラスチックは環境中に流出すると紫外線の影響により劣化し、物理的崩壊によって数ミリあるいは数十ミクロン単位にまで小さくなり、マイクロプラスチックとなります。そして、最終的には海に流れ込み、環境および海洋生物、さらには人体にも大きな影響を及ぼすのではと懸念されています。海に流れ込んでいるプラスチックごみの総量は2015年の報告によると約1億5千万トンと推定されており、さらに毎年800万トンずつ増加すると報告されています。
プラスチックのごみ問題はいまに始まった問題ではありません。常に私たちの身近にあり続けている問題ですが、いま考えなくてもまだ大丈夫、自分一人が取り組んでも解決しないなど、どうしても後回しにされ続けてきた問題でもあります。プラスチックは、人類を豊かにしてくれた20世紀の最大の発明であると言っても過言ではありません。プラスチックは私たちの生活や活動になくてはならないものであり、これからも使わなくなる時代は決して来ないと思われます。つまり、地球環境に負荷をかけない製造、使用、廃棄処理を考えながら、賢く、永く、生活の中で利活用しなければならない重要な素材です。
では、人類がプラスチックと共存し、それに伴い生じる地球環境への負荷を低減させるためには何をすればよいでしょうか?何をしなければならないでしょうか?私はこのプラスチックの抱える問題は、一つの考え方や手法で全てが解決するとは思いません。この問題を解決するためには、多角的かつ多面的に考え、考え得る多くの解決策を正確に理解し、同時に取り組むことだと思っています。
プラスチックは可能な限り回収し、リサイクルすることが望ましいと考えられますが、現在、日本で最も行われているリサイクルはサーマルリサイクルです。サーマルリサイクルは、プラスチックとしての再利用ではなく、焼却して熱源を取る方法であることから、残念なことに、欧州ではリサイクルとは考えられていません。しかし、コロナ禍において医療現場で使われるマスクや感染症対策グッズは、安全のために焼却する必要があります。もちろん、それ以外のプラスチックゴミに関しては、地球温暖化防止の観点からマテリアルリサイクルあるいはケミカルリサイクルへと移行すべきです。
私が開発に取り組んでいる生分解性プラスチックは、環境中の微生物の力で二酸化炭素と水にまで分解するため、海洋プラスチックごみ問題解決の切り札であると考える人もいますが、一度はマイクロプラスチック化する、いつでもどこでも速やかに分解するわけではないので、むしろ環境破壊を助長すると考える人もいます。石油合成プラスチックのほとんどは100年たっても決して海洋では生分解しません。それに対し、仮に1年間に20%ずつでも生分解すれば、10年たてば最初の10%にまで分解することになります。海の底に沈んで10年でほぼ生分解するのであれば、そこには大きな価値があるはずです。
今問題になっているプラスチックごみは、大きなペットボトルから数ミリサイズのマイクロプラスチックです。今後ますますその解決を求められるのは漁網や釣り糸などに代表される繊維です。さらに注意しなければならないのは、衣服に使われる繊維や微粒子など、数ミクロンあるいはナノサイズのナノプラスチックごみです。1回6kgの洗濯をすると約14万本の繊維くずが出るという報告があります。世界では、今でも河川敷などで洗濯をしている人が大半です。水に分散すると目に見えなくなる繊維や微粒子、これらに対してどう対応するかがこれからの解決すべき大きな課題です。
繊維学会には繊維を研究対象として、合成、加工、紡糸、紡織、染色、物性評価、構造解析に関わる様々な分野の研究者が集っています。これからの海プラ問題では、必ず繊維に関する課題解決策が求められます。繊維を専門とする異分野の研究者が知恵を出し合い、多角的・多面的に物事を考え、多くの解決策を提案する絶好の機会です。繊維学会はその中核をなすべき存在です。繊維学会には海プラ問題だけでなく、異分野研究者が共に取り組める課題が多く存在します。ぜひ、一緒に考え、ともに取り組みましょう。コロナ禍で自らの研究を少し見つめ直す時間が取れる今こそ、やれることだと思います。物事は何事もプラス思考で乗り切りましょう。
岩田 忠久 (東京大学 教授)
*繊維学会誌2021年2月号、時評より
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