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変化の時代の学会の役割
Role of the Academic Society in the Era of Transition
既に10年も前から、情報化やグローバル化の進展によって社会は加速度的に変化していることが指摘されてきましたが、今回のコロナ禍に際して社会情勢はさらに流動的になり、混迷の度が深まっています。
思えば2008年にはリーマンショックが、1987年にはNY株式市場が暴落したいわゆるブラックマンデーが、1970年代にはニクソンショック、さらにはオイルショックなど、数々の困難がふりかかってきた歴史があるわけですが、日本経済が打撃を受ける局面では繊維産業も大きな痛手を被ってきました。
繊維産業が前述の経済ショックと比較してもはるかに大きな危機に直面した時期として、太平洋戦争があります。戦時中には「不要不急」の産業とみられ、生産統制や設備供出などの政策的な打撃があり、さらには空襲などの直接的な被害によって操業継続ができなくなるなど、文字通りの存亡の危機を迎えました。
冒頭より暗い話で恐縮ですが、ここで紹介させて頂きたいのが昭和十九年に行われた繊維素協会と繊維工業学会の合併と、それに伴う繊維学会発足の経緯です。繊維素協会は1923年創設で、ビスコースやレーヨンなどを主に扱う学会、繊維工業学会は1935年創設で、紡績、染色、布帛評価、繊維物理などを扱う学会でしたが、「時局の要請に応ずるとともに、両会の使命達成を強化する為に合併し、新たに繊維学会を設立し、ここに会誌第1号を発刊することとなった」わけです。
この繊維学会誌第1巻第1号では、「繊維の学問及びその応用は、頗る広範多岐に亘り、例えば天然繊維の物理と化学、人造及び合成繊維の製造と性質、これら繊維の紡織、仕上、染色等を初めとして...(中略)...多数の題目を包括している。これらの諸題目は、従来両学会に分割されていた形であったが、今後は繊維学会によって一括され、一体の物として取り扱われることとなったのである。これが為、本誌の内容は豊富となり、加うるに繊維および繊維工業に関する研究は強化されるに至ったのである」と述べられています。
この後、時局は急速に悪化し、昭和20年には終戦を迎えることとなるわけですが、この時期にもビニロン、アクリル、ナイロンの研究の萌芽があり、戦前とは様相を異にするその後の繊維産業の不連続な発展へとつながっていくことを考えれば、立場の違いを超えて両学会を合併することにより、困難な状況の中でも学会活動を維持し続けた先輩諸氏の努力には自然と感謝と敬意がわきあがってくるところです。
もちろん現在のコロナ禍の状況は、戦時中の困難を考えると人命を失うリスクや物資の状況など、苛烈さとしては比べるべくもないわけですが、先を見通せないという意味では、各種の技術の発展がこれまでになされ、物も技術も飽和感のある今日において、逆に厳しい局面にたたされていると思われてなりません。
われわれ繊維や繊維研究に携わる者にとって、この変化の時代、混乱の時代に、学会活動を維持、発展させ、繊維に関わるパラダイムシフトを自分たちの手で達成していくことが極めて重要になってきていると思います。
希望がもてる要素としては、「衣食足りて礼節を知る」の言葉の通り、人間活動が継続される限りは繊維に関する需要は決して無くならないこと、さらに言えば人口増・所得増に伴って必要とされる繊維量の増加、そして繊維製品の高度化ニーズが継続的に存在することがあると思います。
また、学会活動に関しては、繊維学会と共に切磋琢磨してきた日本繊維機械学会、日本繊維製品消費科学会の心強い存在があります。学会の名称に「繊維」と冠するのがこの3学会で、それぞれに優れた特長があり、私も年次大会や各種の講演会など学会の垣根を越えて若いころから参加させて頂いてきました。
5月、6月にそれぞれの学会で開催される総会において、この3学会の連携・統合を視野に入れた議論開始について報告される運びであると聞いています。繊維という共通のフィールド、共通の言語を持つ3学会が連携・統合できれば、この混迷の度を深める現在の局面を打開して、次世代の繊維研究、さらには繊維産業を切り開く大きな推進力となることは間違いありません。
変化の先に訪れる新しい時代において、これまでよりもさらに深みを増した繊維に関する新学会が誕生し、新たな出会い、新たな刺激、新たな発見、新たな成果が積み重なって、50年後の後輩諸君から感謝されるようになる、まずはその第一歩を踏み出す時ではないかと思います。
荒西 義高 (東レ株式会社 繊維研究所 所長)
*繊維学会誌2021年6月号、時評より
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