SFST's Voice
LINKS
- Home
- SFST's Voice
- 繊維学部の存在意義
繊維学部の存在意義
The Significance of Existence of ‘Faculty of Textile Science and Technology, Shinshu University’
荻野会長より「時評」への寄稿をご依頼いただきました。この機会に繊維学部(信州大学繊維学部)について書かせて頂きたいと思います。
繊維学部の前身である官立上田蚕糸専門学校は、「『蚕 糸学」に関する日本で初めての高等教育機関として1910年に創設され、1940年には繊維化学科を設置、その後1944年に上田繊維専門学校、1949年には信州大学の一学部「繊維学部」となり、現在に至ります。この間、実学に根ざし、一貫して蚕糸業、繊維産業の発展と学術の進展のために人材育成と研究を進めてきました。1970年代には繊維産業が苦境に直面し受験生が減少するなど学部の存在意義を問われる厳しい局面が続きましたが、繊維学部は常に、繊維は人類・社会にとって必要欠くべからざるものであり、繊維学の基礎・応用研究と高度な技術者・研究者の養成を担う機関を日本国内に維持しなければならない、という信念を堅持して繊維学部を守ってきました。その後、1998年から20世紀COE、21世紀COE、グローバルCOEなどの拠点形成事業を進め、さらに産学官連携施設Fii、国際ファイバー工学研究拠点IFESを設置するなど、繊維・ファイバーを基軸とした基礎研究、関連する学術領域との融合的研究を積極的に推し進めながら、今日に至っています。
欧米・アジアなど世界各国にもそれぞれ一国に一つか二つの繊維系学部が存在しており、国情や歴史的経緯に沿ったユニークな研究や繊維分野の人材育成が進められています。信州大学繊維学部は60に及ぶ海外の繊維系学部・研究機関、AUTEX(欧州繊維系大学連合)等と交流協定を結び連携していますが、これは1910年創立当初からの留学生募集や蘇州絲綢工学院(現在の蘇州大学)との学術・人材交流など、官立上田蚕糸専門学校時代における国際化の姿勢と伝統に起源を有し、連綿と引き継がれているものと感じています。
さて現在、日本には800校近い大学、2,600を超える学部が存在しますが、「繊維学部」は信州大学繊維学部の一学部だけになっています。高校生や一般市民における「繊維学部」の知名度は、残念ながら低いのが実情で、工学部や農学部、理学部、医学部のような典型的な理工学の枠組みではなく、「繊維学」を柱とした学部であるため分類が難しく、また一般の人にとってはわかりづらいのかもしれません。このような状況の中で、我々は「繊維学」や繊維学部をどのように位置づけ、またその存在意義をどのように考えるべきなのでしょうか。
これまで科学技術が発達するために学術分野は細分化され、細分化されることにより専門性が強くなり、その中でそれぞれの学術は深く進展してきました。科学史的視点で見ると近代科学の成立から現在に至るまでこのシステムは続いています。しかし元来、自然現象は数多くの事象や要素が複雑に連関しており、それらを総合的に捉える視点を持たなければならないと考えます。ギリシャ時代の自然哲学や博物学的な視点など、古いといわれるかもしれませんが、このような方法論の現代的意味は大きいと思っています。繊維学は「繊維(=細くて長い形態的特徴を有するマテリアル)」を対象とした学問分野ですが、基から複合的であり、さまざまな事象や応用分野さらに技術と連関しています。もし人類が細分化された専門領域から、複合的・総合的な学術領域を目指すのであれば「繊維学」は大昔からその典型となっているのだと思います。
繊維学部はこれからも「繊維学」を堅持し、日本で唯一の学部として守って行かなければなりません。そのために、「繊維学」の教育としてのディシプリンを現在の科学技術に基づいて再構成し、一方で「繊維学」の本質を見極めて新たなパラダイムを次々と生み出せる研究の流れをつくること、さらにその成果の産業・社会への実装を進めること、これらのことが繊維学部の使命だと考えています。
我々は現在、先進繊維・感性工学科、機械・ロボット学科、化学・材料学科、応用生物科学科の4学科からなり、繊維を専門とする研究者だけでなく様々な分野の先生方が在籍していますが、幸いなことに約100名とコミュニケーションが潤沢にとれる陣容となっています。Atom、MoleculeからMacromolecule、さらにFiber、Textile、Clothingといった「繊維学」の背骨を一つの基軸として、化学、物理学、生物学、数理科学、情報学など基盤となる自然科学と強く結びつきながら、さらに、多様な応用分野・技術とたくさんの接点を作り出しそれらが絶え間なく融合することで、次々と新たなサブパラダイム、パラダイムが生まれる環境を創って行きたいと考えています。常に先進的なものを採り入れて多様性を許容・維持し、それらを「繊維学」で包摂するというイメージです。このためには繊維学部内だけでなく、国内外の研究者・技術者、産業界、官界の方々とのコミュニケーションや連携も力強く進めて行くことが肝要と考えています。学会員の皆さまにおかれましても、またいつでも繊維学部の方にお出かけ頂ければと思います。
森川 英明 (信州大学 教授)
*繊維学会誌2021年7月号、時評より
- Home
- SFST's Voice
- 海プラ問題と繊維 Sea Plastic Problems and Fibers