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繊維でCO2の削減を
Carbondioxcide Reduction by Fiber Technologies
研究を離れ、80 歳を過ぎた今、日ごろから繊維について夢想していることを述べたい。
温暖化を抑えるために CO2 削減が叫ばれ各国の首脳が集まりそれぞれの削減目標値を掲げているが、我が国は十分な削減政策を打ち出せず、不名誉な化石賞を受賞させられた。
それではまだ開発されていない技術で CO2 削減に寄与する技術とは何であろうか。の一つは繊維機能を高度化した省エネ技術である。
最近のタオルは肌触りが良く、暖かく、軽く、乾きやすいので爆発的に売れた。これは中空繊維の使用により軽さと使用時には毛細管現象で汗を吸収しやすく、洗濯後は毛管の空気が熱で膨張し、中に入った水分を吐き出し易いからである。
回収されたポリエステルを用いて、植物の葉の気孔ぐらいのサイズの鉱物塩、例えば食塩などを混合して中空繊維を作製する。その後にアルカリ溶液で洗えば塩は溶液中に溶出し、その塩のサイズに応じたミクロな穴が中空繊維中に多数できる上に、繊維の内外が親水化される。すなわち中空ミクロ多孔質繊維が形成される。汗を吸いやすくなるが、ミクロな穴があるので単純な中空繊維よりより水が蒸発しやすくなる。このような素材で下着などを製作すれば蒸し暑い夏でもより快適に過ごせるようになる。製造方法は異なるが、中空ミクロ多孔質繊維はかつて浄水器にも用いられていた。この繊維を親水化し耐候性を向上させれば同様な機能を発揮するであろう。
炎天下の自動車の屋根は手が触れられない程の高温である。しかしその近くの桜の葉は触れても全く問題がない。この温度差は一体どうしてか。それは桜の葉から水分が蒸発するときの気化熱により温度低下が起きているからである。桜の幹に耳を押し付けてみると、水が音を立てて流れているのが聞こえる。
先ほどの中空ミクロ多孔質繊維は植物の毛根、葉脈、気孔になりえるのである。すなわち人工植物である。このような繊維で布を作製した後に経糸と横糸を束ね、縦樋に通して地上に下げ、埋めれば人工毛根として働く。このミクロ多孔質繊維を繋ぐときはお互いに接触させるだけでよい。このようにすれば自動的に地中の水分をくみ上げる。水分は蒸発し、周りから気化熱を奪うのである。この方法で立ち木を作製し、緑陰を造成すれば憩いの場となること必定である。屋上緑化が叫ばれて久しいがあまり普及していない。その理由はメンテナンスが必要だからである。しかし人工植物はメンテフリーである。それだけで冷房エネルギーの節約になる。また砂漠といえども数十m堀下げると水脈があると言われている。このような水脈を見つけてそこに中空ミクロ多孔質繊維の一端を浸け、畑の畝のように繊維を並べ、その上に土を被せれば植物が生育するようになる。米国中西部の穀倉地帯では地下水をポンプでくみ上げて水分補給をしている。前述の方法はエネルギーを必要としないので、CO2 排出量は少なくなる。またナパバレーはぶどうの栽培と醸造で有名である。ここは水が不足しているので、ドリップ農法と言って水を一滴一滴たらしてぶどうに供給している。このような栽培方法にも、ここで提案しているやり方は大きなインパクトを与えるに違いない。従って農業への応用は限りがないと思われる。素材としてはビニロンや PVC なども候補者になりうるであろう。
もう一つ。表面を制御した繊維である。これは京大名誉教授福田猛らのグループによって開発されたグラフト重合を用いた濃厚ポリマーブラシの応用である。この濃厚ブラシ化したポリマーの表面の摩擦係数は 3桁ほど少なくなると言われている。このような処理をした繊維を用いて水着を作製すれば水と界面摩擦が減少しオリンピックで優勝するチャンスが増えるに違いない。以前、体を強く締め付けて体の断面積を少なくし、高速水着が流行ったが現在は禁止されている。しかしこの方法は選手に過度な負担を与えないのでルール違反にはならないと思う。またある種の高分子を少量添加すると乱流が抑えられ水の抵抗が大幅に低減されることがトムズ効果として知られている。船の場合、わずかなポリエチレンオキサイドを航海中に海に注ぐと燃料の節約になる。しかし海洋汚染やコストの面で実用化には至ってない。新たにポリエチレングリコールまたは親水性ポリマーをグラフトまたはブロック共重合した船底塗料を開発すれば、ミクロな乱流が抑えられ、船のスピードが向上する可能性がある。船の総数を考えれば燃料の節約は莫大なものになろう。この場合、海洋生物が付着するのを妨げる塗料の開発も行うことも必要で、これらをブレンドして使用することが肝要であろう。
ここで述べた二つの案件の初歩的実験が成功すればJST や NEDO などの国家プロジェクトに十分なれる。繊維にかかわる研究者が元気になり、産業のさらなる発展を期待したい。
宮田 清藏(フロンティアサロン財団 代表理事、東京農工大学 名誉教授)
*繊維学会誌2022年3月号、時評より
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