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人新世の繊維産業
Textiles in the Anthropocene
私たちは「人新世」と呼ばれる新しい地質学的時代に入った。人間が天然資源を際限なく採取し、野生の土地を開墾植樹管理し、都市という人工的な環境を発展させた結果、自然環境は破壊され、地球の変化は加速度的に且つ広範囲に及び、地球はバランスを失い、持続可能性が失われつつあるように見える。「エコロジー」は本来生態学として人間以外の生物と環境変化との関わり合い(エコシステム)に関する生物学の一分野であった。今エコと聞くと環境保全、省エネルギーというニュアンスで使われている。つまり社会、文化、産業といった人間の営み(人工の生態系)と自然の生態系との関わり合いが自然環境のバランスを崩し、人工環境による自然環境の分断をもたらし、自然の生態系が人間に与えてくれていた恵み受けられなくなるのではないかという危機感を表している。「人新世」における「エコロジー」は必然的に社会と自然の関わり方も考慮した「ニュー・エコロジー」となり、人間を生態系の中に組み入れ、人間が再生可能な未来を持つことは自然のバランス、回復力、持続可能性を守ることであると主張する。ここでは「エコシステム」は従来の生態系に限るものではなく、産業も周りの環境と相互作用をしながら生産、消費、分解(廃棄)の循環により成り立つエコシステムと考えれば、その産業が持続可能であるためには製品が自然分解し自然に還元されることのないエコシステムでは分解以降の環境負荷に対する配慮も必要である。資源も限られている。いかに資源利用効率化を図り、資源の代替品を求めても、従来のオープンシステム(線形使い捨てサプライチェーン)である限り、資源は枯渇し持続可能性が失われる時が来る。
「人新世」において持続可能な繊維産業はどのように変容すべきなのだろうか。EC(欧州委員会)は2019年に「欧州グリーンディール戦略」を公表した。この戦略は、「地球温暖化・気候変動により、地球上の800万種のうち100万種が消滅の危機にあり、森林・海洋は汚染され、破壊されている。これらの脅威に挑戦する成長戦略で、資源効率を上げ、競争力のある経済を持つ公平で繫栄するEUに転換することを目的とする」もので、2050年までのカーボンニュートラルを目指し、循環経済のための産業再構築を進める。2020年には14分野の産業エコシステムを指定したが、ここで言う産業エコシステムは、小さいスタートアップから大企業まで、大学・公的研究機関から企業向け研究サービス機関までのバリューチェーンに携わるすべてのプレイヤーを含む。エコシステムは、EU内の国をまたがりお互い連結し相互依存している分野内の企業・大学の複合体セットを意味し、新たなビジネスモデルの創出、高い割合を占める脆弱なプレイヤー(中小ミクロ企業)や域内相互依存性を考慮した、ボトムアップを可能にするシステムと位置付けられる。繊維産業もエコシステムの一つに選ばれ、グリーンディール戦略を実施するロードマップを策定しつつある。2022年3月30日に産業団体やNGOも参加してまとめた「持続可能・循環繊維産業への欧州戦略:2030年へのビジョン」がECより公表されたが、2030年までを繊維エコシステム完成への転換期と位置づけ、課題として①長寿命で、修理しやすく、リサイクル可能な繊維製品を作るデザイン条件、②透明性のあるデジタル製品パスポートの導入、③グリーン洗濯に挑戦、④過剰生産、過剰消費を逆転、⑤繊維製品の拡大生産者責任(EPR)の義務化とエコ調節費過料、⑥合成繊維からの意図しないマイクロプラスチック排出問題化、⑦繊維廃棄物輸出制限、⑧リユースや修理等を組み込んだ循環ビジネスモデル誘発、が挙げられている。このビジョン達成の具体的な方策がエコデザイン規制で、「製品の環境インパクトの80%まではデザインで決まるが、「採る、作る、使う、捨てる」という従来の線型モデルに安住する生産者が製品をより循環するようするというビジネスモデルの変換に十分なインセンティブを与えない」として、製品性能要求条件には耐久性向上、修理可能性、リサイクル可能性、繊維to繊維リサイクル可能性、消費者・バリューチェーンへの製品情報にはデジタル製品パスポートの導入、製造者は製品の廃棄に責任を持つ(EPR拡大生産者責任の導入)を盛り込んだエコデザイン規制導入を 2024年に目指している。エコデザイン規制は、製品とデザイン要求を結び付ける指針であり、消費者が衣服を長く使うための長寿命化と、同時にリユース、修理、返品サービスや古着レンタルといった循環ビジネスの創出を促進する。デザインの観点には、素材の構成(リサイクル繊維含量は必須)やリサイクルや他の繊維製品への再生可能性が含まれる。エコデザイン規制により、既に2025年よりと期限が決められている廃棄物指令に基づき、繊維品分別収集の基盤整備、リユース前提の製品デザイン、リサイクルの拡大を普及する必要があるが、この実現に向けて欧州5か所にリサイクルハブを建設中で、古着の収集・分別のAI化プロジェクトも稼働している。今後は商品企画の時点から「循環性」を組み入れたデザインという全く異なった試みがなされることになり、特に過剰生産・過剰消費をなくすためのビジネスモデル構築、サステナブルファッションデザイン等がHORIZON EUROPE内の産学官連携プロジェクトとして進められている。
2022年4月に経産省から繊維戦略技術ロードマップが公表された。欧州のプロジェクトでは、「人新世」時代に適応する繊維産業形態を定義し、その転換を推進する技術のつながりを重視し、時代に則した新しいバリューチェーンの創成を支援している。日本では個々の技術の先鋭化を目的とするプロジェクトが中心でそのつながりは考慮されないし、これまでとは違った時代の前に立っているという意識もない。このまま推移すればエコデザイン規制により日本の繊維製品は欧州市場から排除されかねないが、今の繊維製品輸出実績からすれば輸出は既に断念している感がある。しかし「エコ」の本質は生産者、消費者共に見失わない様にすべきであろう。
梶原 莞爾(信州大学繊維学部 リサーチフェローPh.D.)
*繊維学会誌2022年10月号、時評より
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