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天下無寒人
Value Proposition of SFSTJ for SDGs in 2050
会員の皆様、明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
繊維学会は本年創立80周年を迎えます。学会としては、記念行事として10年ぶりとなる国際会議をこの秋に計画するなど様々な企画を予定しており、過去の歴史を振り返りながら次の90周年、100周年にむけて学会としての未来を皆さまと語り合う一年としたいと思っています。その取り組みの一環として昨年、「繊維学会の将来構想委員会」を立上げてその活動を開始しました。ご承知の通り、繊維学会は 1943年に当時の繊維素協会と繊維工業学会が合併して誕生しました。爾来80年、社会と人々に対してその時々に必要とされる価値を提供し続けて来たからこそ現在まで存続して来れたと言えるでしょう。繊維学会が今後も社会や人々に対してどのような価値を提供できるのか?提供すべきか?を上記の委員会を中心に学会全体として考えて行きたいと思っています。
さて、大阪に往時の紡績業の発展を願って建造された綿業会館という施設があります。90年超の歴史があり、国の重要文化財としても一見の価値がありますが、その会館に当時の紡績会社の社長がしたためた有名な3つ扁額があります。その中の一つが当時の東洋紡績(株)の社長阿部房次郎氏が寄せた「天下無寒人」という揮毫であります。[写真1]出展は白居易(白楽天)の「新製布裘」の一節からです。
「新製布裘」(新しい布裘をつくる)1)
白居易、元和二年(807年)長安にて
桂布白似雪 桂布は雪よりも白く
呉緜軟於雲 呉綿は雲よりも軟らかなり
布重緜且厚 布は重く綿は且つ厚し
(中略)
誰知巌冬月 誰か知らん 厳冬の月も
支體暖如春 支體(したい)暖かきこと春の如きを
中夕忽有念 中夕(ちゅうせき)忽(こつ)として念(おも)う有り
撫裘起逡巡 裘(かわごろも)を撫(ぶ)して起きて逡巡す
丈夫貴兼済 丈夫は兼済(けんさい)を貴ぶ
豈獨善一身 豈(あ)に独り一身を善くせんや
安得萬里裘 安(いず)くにか万里の裘(かわごろも)を得て
蓋裹周四垠 蓋(おお)い裹(つつ)みて四垠(しぎん)を周(あま)ねからしめん
穏暖皆如我 穏かに暖かなること皆な我の如くにし
天下無寒人 天下に寒き人無からしめん
「兼済」とは人々を平等に救う事、しっかりした人物(丈夫)ならば、自分だけ暖かい思いをしようとせず、万里を覆うほどの衣を作って「世界中から寒い思いをしている人を無くすべきだ」と説いています。因みに白居易、特にこの「兼済」の思想に強く影響を受けたのが日本の菅原道真公で、対語である「独善」に君主たるものは陥る事無く、「兼済」民の平和こそが最も重要と考えるべきだという主旨の詩を多く残こしているとの事です 1)。菅公が今も庶民の人気を得ているのはそのような理由からかもしれません。少し脱線しました。私自身、「天下無寒人」という言葉を初めて聞いた際に、当時の紡績会社の存在理由、価値提供の志が非常にシンプルで力強い言葉で表現されていると思いました。実際、弊社では長い間、会社としてのモットーとしてこの言葉が大切に語り継がれています。扁額が書かれたのは90年前くらいですが、繊維学会も丁度そのような社会の空気の中で発足したのではないかと思います。「天下無寒人」、何人も取り残さない。まさにSDGsそのものだと思います。繊維学会も傘寿となり、世界や人々の求めている物、困りごとなど当時から比べても非常に多様化しており、また広がりもよりグローバルになって来ています。その中で、繊維学会でなければできない価値提供、それは何か?非常に重く大きな課題です。
現在でも世界には「寒」:寒い思いをしている人はまだまだ沢山存在しますし、寒を様々な漢字に換えて見ればまさにSDGsそのものですね。言葉遊びのようで白楽天さんには申し訳ありませんが、「天下無病人」、「天下無貧人」、「天下無飢人」などなど。今さら申し上げるまでも無く、繊維は衣食住の最初に来るほど重要で、食や住にも沢山の繊維が使われています。それだけ繊維は人に寄り添い、人と外界のインターフェースとして機能してきた長い歴史と土地鑑があります。どのように社会が高度化しても、課題が複雑になっても最後の1 mmは人とのインターフェースの問題に帰着する様な気がします。繊維が持つ、豊かでしなやかに人に寄り添う基盤技術とそれを支える学術は今求められるSDGsの様々な課題に的確なソリューションを提案できる強いプラットホームとなるのでは無いでしょうか?まさに繊維の出番が再度やって来たのです。最後は白楽天の詩のように大きな風呂敷を広げてしまいましたが、会員の皆様も是非新年を迎えられた御屠蘇気分の中で、繊維と繊維学会の悠久な未来を想いめぐらせていただきたいと思いますし、今後の繊維学会の進展にも是非ご期待いただきたいと思います。
(引 用)
1) 潘 怡良,岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第30号,p275, 11(2010).
写真 1 「天下無寒人」の扁額(一般社団法人日本綿業倶楽部ご提供)
大田 康雄(東洋紡株式会社 常勤監査役)
*繊維学会誌2024年1月号、時評より
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