SFST's Voice
LINKS
- Home
- SFST's Voice
- 禍福は糾える縄のごとし
禍福は糾える縄のごとし
Every Cloud Has a Silver Lining
昨年6月に財務担当の副会長を拝命し、繊維学会の財政状況について現状把握を行ってきました。その一部をご紹介します。全体の収支に関しては、過去5年以上において支出超過を続けておりましたが、2022年度は若干の黒字となりました(寄付金や国際会議などの一時的な収支を除いての議論とご理解ください)。これは、新たに維持会員、賛助会員となって下さった企業様が増えたこと、コロナ禍を脱して年次大会をはじめとする行事収益が改善したこと、学会誌出版の支出が減少したこと、などが影響していると分析しています。これらは、企業を勧誘して下さった理事や会員様、素晴らしい企画で行事を運営してくださった実行委員、企画委員の皆様、学会誌の効率的運営に尽力してくださった編集委員の皆様、事務局の努力、など多くの関係者各位のおかげと感謝しております。一方、正会員数の推移を見ると安心できない現状も見えてきます。2003年には1851名だった正会員数は、20年間で1026名まで減少しました。毎年約40名のペースでコンスタントに減り続けています。今後も収入増と支出圧縮の対策が必要です。例えば、本学会の支出総額は約420万円(2022年)ですが、その3割弱に当たる約1200 万円が学会誌出版に要する費用です。支出減の対策として学会誌のコスト削減は重要な課題と認識しています。現在、年間12号を発刊していますが、それを6号化する、あるいは紙媒体をやめて完全に電子化に移行するなどの方策が考えられます。しかしながら、6号化の場合は会員サービスの低下、完全電子化の場合は現状400万円弱ある購読・広告収入の維持困難などの課題があります。学会誌支出削減は対策案の一例として挙げさせていただきましたが、その他の対策も含めて会員様のご意見を聞きながら慎重に検討してゆきたいと思います。
この原稿を執筆している少し前に日経平均株価が史上最高値を記録しました。ところが私がわずかばかり保有する繊維関連企業の株価は微動もしくは中国経済不調の煽りを受けてマイナスに転じている有り様です。株式の素人なので詳しいことは理解できていませんが、日本経済における繊維産業の現状が示されているようで繊維に関わるものとして寂しい限りです。一方で、世界全体で見れば繊維産業は今でも成長産業であるという事実もあります。それは、ほとんどの人類が服を着て生活していることに由来するもので、人口が増え続けているためと考えられます。服に使用される繊維はポリエステルが最も多く、その次に綿となります。しかし、綿は農産物ですので、食料調達のための農地と競合します。従って、綿の生産量の増加は人口増分に対応する需要を補うことができていません。必然的にポリエステルの役割が重要となりますが、マイクロプラスチック海洋流出の問題が急浮上してきました。ポリエステルは石油由来のものがほとんどなので温室効果ガスの排出も大問題です。ポリエステル繊維を安易に大量に生産して消費する訳にはいかなさそうです。実際、欧州委員会は2022年3月に「持続可能な循環型繊維戦略」を公表し、2030年までにEU域内で販売される繊維製品を、耐久性があり、リサイクル可能で、リサイクル済み繊維を大幅に使用し、危険な物質を含まず、労働者の権利等の社会権や環境に配慮したものにする、という目標を掲げています。我が国でも経済産業省の「繊維製品における資源循環システム検討会」より昨年9月に報告書が提出され、引き続き同省の産業構造審議会繊維産業小委員会にて「回収」、「分別・繊維再生」、「製造」、「販売」に関する諸課題について、具体的な制度整備等の検討が開始されるとのことです。また、産業界においてもポリエステルやナイロンのリサイクルに関する技術開発が活発化しており、業界紙では毎日のように関連記事を目にします。現在、繊維産業を取り巻く環境は逆風となっていますが、技術革新を生み出して繊維産業が真にサステナブルな産業に生まれ変わる好機と捉えられればと思います。このような時に昔の人は、「禍福は糾(あざな)える縄のごとし」と例えました。中国前漢の時代に司馬遷が編纂した歴史書「史記」に記述のある「禍によりて福となす、成敗の転ずること、譬れば糾える纆(ぼく、縄のこと)のごとし」に由来するとのことです。繊維に関わる者として、この言葉を胸に逆境のなかでも希望を持って進んでゆきたいと思います。
最後になりましたが、本年1月に発生した令和6年能登半島地震で被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げるとともに、1日も早い復興をお祈り申し上げます。本年3月には福井県敦賀まで新幹線が開通しました。繊維関連産業の多い北陸地域全体の活性化につながることに期待しています。能登の復興、繊維産業の活性化、ひいては繊維に関する学術の発展に糾える縄のごとく明るい未来が到来するように、微力ながら貢献できるよう努力したいと思います。
村瀬 浩貴(共立女子大学 教授)
*繊維学会誌2024年5月号、時評より
- Home
- SFST's Voice
- 禍福は糾える縄のごとし