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第53回夏季セミナー別府開催と地域天然繊維素材
The 53rd Summer Seminar in Beppu and Local Natural Fibers
2025年度の繊維学会夏季セミナーは西部支部の担当で、大分県別府市(別府国際コンベンションセンター(ビーコンプラザ))で9月4日(木)~9月5日(金)に開催されます。本年度の夏季セミナーは、「繊維科学の潮流と新展開」というタイトルで、持続可能性、サスティナブル、未来志向などをテーマにした社会実装を主眼とする研究・開発に関して特別講演(2件)、招待講演(12件)を企画しています。また、総合講演を辻井敬亘会長にお願いしています。特別講演として、多様な繊維を組み合わせて作られるインク吸蔵体としての産業用繊維製品に関する講演および複合化において重要である高分子界面の基礎学理とその社会実装への展開についての講演を予定しており、招待講演としては、社会実装を考慮した高分子・繊維材料の先端研究、繊維の医療技術への新展開などについて、未来を見据えた内容についての講演を企画しています。これらの講演を通して、皆様と活発に議論したいと思います。
開催地別府には8つの温泉地があり、湯量が豊富であることが知られていますが、強度的に優れた繊維を構成成分とする竹を素材とする竹細工製品の産地でもあります。別府の竹細工の普及は室町時代からですが、その云われは景行天皇の時代にさかのぼるとされます。竹の繊維は細長く丈夫で良質の紙の作製に適していますが、布地としてはすぐにしわになりやすく、その状態を記憶しやすいという性質があります。竹細工製品は厨房用品として普及しましたが、現在では伝統的工芸品となっています。大分県で農作物として産出されて繊維素材として用いられているものとして七島藺(カヤツリグサ科。多年草)があります。七島藺は、畳表の材料として国東半島でたくさん栽培されていた時代もありましたが、現在では保存会によってわずかに栽培され製品に加工されています。七島藺はイグサに似ていますが、繊維の強度はイグサのそれよりも強く、柔道などの競技用畳として利用されています。七島藺は三角形の断面をもつ植物で(イグサの断面は円形)、繊維質にはシリカ成分が存在し、内部に綿状構造体があり、強度と断熱性に優れています。表層の繊維成分を取り出し、偏光顕微鏡(直交ニコル下)で観察すると、対角位(明視野)と消光位(暗視野)を45°(顕微鏡のステージの回転角)おきに見ることができます。これは、七島藺が成長方向に配向した繊維組織になっていることを示しており、このことが七島藺の高い強度に直接影響しています。この七島藺の繊維成分を石うすなどで微細化し、合成樹脂に混合・分散することで強度の向上が期待できます。七島藺については断片的研究がありますが、繊維という視点では専門的な研究が進んでいません。このような素材がまだ多く存在していると思われるため、それらを基礎的に調べ、有効に利用する方法を考えることも重要だと思います。これらの天然繊維の主成分にはセルロース系分子が含まれており、分子レベルではセルロース系分子の高度な利用方法の展開がさまざまな天然素材の効果的な利用方法の開拓や基礎研究の発展に繋がるものと期待されます。本年度の夏季セミナーではこの天然繊維の社会実装に関連する講演も複数予定されています。
特別講演で話される吸蔵体には、たばこのフィルターやペンのインク吸蔵体などがあり、それらは複数の繊維から作られる綿状の構造体で、インク吸蔵体はペンの中に入れることから中綿ともよばれます。このインク吸蔵体の開発・生産(国内トップシェア)に注力している大分県中津の企業創業者に講演をお願いしています。繊維素材の組み合わせや加工プロセスで用途に合わせた性能・機能を発揮できるように工夫されています。こちらの企業では「無限の可能性と共に100年企業を目指して」という考えで会社の運営・用途開発などを行っています。最近では社会の変化に合わせ天然繊維の利用も考慮した検討を行っています。繊維学会も今後100年、120年と持続していけるように繊維の重要性や優位性をさらに高めて発展し、学会員が愉しんで活動できるプラットフォームとして継続していければと思います。まだ、未解決の研究・開発課題がたくさん残されているように思います。先端的で魅力的なだけではなく、目の前にある課題の中により高度な展開に繋がる重要な点が潜んでいるようにも思います。繊維関連学会および繊維業界の持続可能な活動構築に向けて議論が深化するとともに、繊維研究の新展開への糸口となる夏季セミナーになることを期待しています。また、学生の研究成果を主体とするポスター発表および企業展示も行います。これらを通じて、活発な意見交換および交流の場となることを期待しています。
氏家 誠司(大分大学 教授)
*繊維学会誌2025年6月号、時評より
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