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繊維工学とプラスチック成形加工学:交差する道の先にある未来
Fiber Technology and Polymer Processing Technology: The Future at the Crossroads
最初から私事で恐縮ですが、繊維学会は私にとって関連が深い学会です。その縁は、私の人生の歩みと深くかかわっています。大学の学部で所属した学科は、かつて繊維工学科として知られ、その頃も学生実験として溶融紡糸のテーマがあったことを覚えています。また、修士課程1年時に繊維学会に入会して以来、現在に至るまで会員であり続けています。博士課程修了後最初に働き始めたDuPont社はナイロン繊維を世界で初めて開発した企業であり、その後帰国して通商産業省工業技術院の繊維高分子材料研究所で研鑽をつみました。そして、出身の学科に教員として戻ってからも、私の周りには常に繊維に関する研究者がいました。このように、私のキャリアは繊維工学と強固な糸で紡がれていると言っても過言ではありません。
繊維工学とプラスチック成形加工学は、高分子材料という共通の基盤を有し、高分子の特性を最大限に引き出すための加工技術を追求するという共通の目的を持っています。繊維を形成する、つまりこの特有の形態を付与するために成形を行うという観点からすると、両者はかなり類似していると考えることができます。例えば、溶融した高分子をノズルから押出し繊維を細く長く引き伸ばす「紡糸」のプロセスは、プラスチックの「押出成形」と多くの点で共通しています。レオロジーや熱的性質(結晶化、ガラス転移、熱膨張、熱伝導等)といった基礎科学が共通の基盤をなし、高分子鎖の配向を制御し、物性を向上させるという技術的課題も共通しています。これらは、繊維の強度や機能性を高める上でも、プラスチック製品の機械的特性を最適化する上でも不可欠です。この根本的な共通項こそが、両分野が未来を切り拓く上で不可欠な連携を生み出す源泉ではないかと思います。特に、繊維強化プラスチック(FRP)の分野では、両者の連携は不可欠です。高性能な複合材料にとって、繊維と樹脂の界面における接着強度の最適化が支配因子の1つとして重要です。この領域では、両分野の知見が密接に連携し、新たな価値を創造する鍵となります。こうした共通の関心領域があるため、両学会に所属する研究者が少なくないのは当然のことと言えます。
もちろん、繊維工学といっても、ナノファイバーから繊維の集合体である布等に至るまで多岐にわたる対象を扱い、その特徴的な形態から独自の特性を生み出します。衣類として長い歴史を持ち、日本の主要産業を支えてきた時代もあります。昨年、繊維学会が創立80周年を迎えたことは、産業だけでなく学問としてもその歴史の重みを物語っています。一方、プラスチック成形加工学(学会としては今年創立37年)は、比較的新しい分野であり、繊維工学に学ぶべき点も多いと感じます。プラスチック成形加工分野も、繊維工学分野と同様に、過去の深い研究成果から学び、新しい技術に応用していく姿勢が重要となってきています。
昨今、ITやAI、そして材料では新奇な機能性といった新しい産業を生み出すであろうと考えられる分野ばかりに注目が集まり、物づくりの土台を支える素材の基本的な構造や物性に関する研究が軽視されているように感じます。土台がしっかりしていなければ、いくら上物を積み上げても、堅牢なものは築けず、根本から崩壊する危険性をはらんでいると思ってしまうのは私だけでしょうか。学生時代、所属していた学科の先人たちの繊維に関する論文を読み、複雑な数式を使い深い洞察がなされていたことに驚くとともに感銘を受けました。しかし、企業や研究機関に蓄積された過去の貴重な研究データや資料は、多くの情報の中に埋もれ、今では顧みられることが少なくなっています。AI(特に機械学習)のデータセットにも取り上げられることなく、宝の持ち腐れになっていると聞きます。新しい技術や産業に偏ることなく、土台となる分野の基礎研究もおろそかにせず、両方がバランス良く発展することで、真に持続可能で強靭なものづくりが実現できると信じています。
今後、日本のものづくり産業がグローバルな競争力を維持・強化していくためには、学術分野の垣根を越えた連携が不可欠です。繊維学会とプラスチック成形加工学会は、共通の基盤を有していることから、その連携は特に大きな可能性を秘めています。研究者間で互いの研究成果を共有し、共同研究を推進することは、新たなイノベーションを生み出すための必要な方向かと思います。具体的には、合同シンポジウムの開催や、次世代を担う若手研究者や技術者向けの研究交流プログラムなど、分野の垣根を越えた活発な議論を促していければと思います。これらの取り組みを通じて、新たなイノベーションの創出、そして持続可能な社会の実現に貢献できると確信しています。繊維工学とプラスチック成形加工学が手を取り合い、未来のものづくりを牽引していくことを願ってやみません。
扇澤 敏明(プラスチック成形加工学会 会長)
*繊維学会誌2025年10月号、時評より
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